出会いと別れ   じゅん

空はブルースカイ。なかなかいい天気だ。世間では三が日だかなんだかですっかりまったりのんびりお休みムードだが、世の中には年末年始だろうと関係なしに働いている輩もいることを忘れてはならない。
「随分と冷え込むなぁ」
何気なし呟くと、隣が何をいまさらと呆れた口調で返してきた。
「そりゃそうだろう。もう一月だぜ?」
「そうなんだけどさ……。あれ? 君……たしか三日くらい前に下へ行かなかった?」
「あぁ、そうそう。よく覚えてんな。行ったよ、下に。だからほら、かなり痩せてんだろ?」
呟いた方は彼の身体をみて、あぁ……と納得したような声をあげる。
「そうだね。最初、誰だか分からなかったもん。やっぱりあれだね。冬は回転速いのかな?」
「どだろうなぁ? 地域によるんじゃないか? 俺が前いたところは十二月頃から白く固くなっちまうわ、上からどんどん重なってくるわ、おかげで陽が当たんないわで、ぜんぜん上がってこれなかったけどな」
「そっかぁ。こっちはあんまり白くも固くもならないしなぁ。なったとしても重なることなんて滅多にないし……。どんな感じ? やっぱり鬱陶しい?」
呟いた方の疑問に対して、隣は少し考え込む。
「鬱陶しいっつーか……邪魔くさいよな。俺が俺じゃないっつーか、お前俺のどこくっついてんだよ、みたいな」
「そうなんだあ」
相槌を打ち、視線を少し走らせる。その先には丸々と太っている輩が群れをなして佇んでいた。真っ白な床の先端ギリギリのところで下を覗き込んでいる。
「あいつらはもう限界。早く飛び降りたくて仕方ない」
唐突に後ろから声がした。呟いた輩の視線に反応したのかもしれない。言葉が少し片言だ。
「そうなんだ……。ところで君、出身は日本?」
「違う、中国。でも日本これで三度目」
「へぇ、どうやってここに?」
「貨物、船乗ってきた」
「遥々ごくろうだね」
「あ、」
後ろのが声を漏らす。
「あいつら、落ちる。いい気味」
その言葉に促されて呟いたのも隣のも視線を丸々と太った輩に向ける。やつらが次々と白い床から下に落ちていっていた。
その光景は投身自殺に似ている。この世になにも未練はなくがゆえの、迷いのない身投げ。
白い床の遥か下方には当然、大地がある。やつらは間違いなくそこにぶち当たることになるだろう。
「もう、ここに、戻ってこなければいい」
中国出身が恨みのこもった言葉を投げる。呟いた輩は不思議そうに尋ねた。
「どうして?」
「あいつら、私の分、奪い取ったから」
「あぁ……。でも君、そんなに早く下にいきたいの?」
「日本、好き。でも早く中国の空に戻りたい」
「今度はアメリカかもしれないぜ?」
隣のが会話に割って入ってきた。
「そしたら、また早く落ちる。そして中国、戻る」
「そんなに中国がいいかねぇ?」
「生まれたところだから……」
「そうかぁ……。ん? お前、なんだか急に太ったんじゃないか?」
隣のに指摘され、呟いた輩が自分の身体を見る。たしかに先ほどよりも二周りほど大きくなっている。
「あいつら、いなくなったから」
中国出身が言う。あいつらとは、さっき落ちていった丸々と太ったやつらのことだろう。
「あいつら、人の分まで奪ってたから。奪うやついなくなった。その分、こっちに回ってくる」
「なるほど。それじゃお前、そろそろ下に行っちまうんじゃねぇか?」
隣のは淋しそうでもなく、ただ事実を言った。しかし、呟いた輩は少し淋しそうに言い返す。
「まだすぐ戻ってくるよ。それまで、君たちはまだここにいるかな? いてくれるといいんだけど……」
「さぁな。そればっかりは天の采配だからな」
「私、たぶんいない。早く下に落ちたい」
「そっか……。あ、また太ったみたいだ……」
呟いた輩の身体が、ずんっと下に沈む。白い床の先端がもう目の前に迫っていた。
「そうだよね……。いままでこうやって話した輩とはまだ一度も会えてないし……」
また、身体が下に沈んだ。
思いのほか最後は近いようだ。
呟いた輩は少し考えた後、自嘲気味に呟く。
「ねえ? 君たちは生まれ変わったら何になりたい?」
その問いに、隣のはやっぱり自嘲気味に返答する。
「生まれ変わっても俺は俺だろ。またここに戻ってくるんじゃねーの?」
それを横目で見ながら中国出身は真面目な顔で答えた。
「私もこのままでいい。これ以外の生き方、知らないから」
二人の言葉を聞き、しっかりと受け止めるように黙する。
「そっか……。僕は……」
最後まで言うよりも早く、呟いた輩の身体が沈み、遥か彼方の大地へと降っていってしまった。
「なあ。あいつ……何になりたかったんだと思う?」
残された隣のが中国出身に問いかける。
「わからない。また戻ってきたら聞いてみたらいい」
「会えたら、か?」
「そう。私たちは生まれ変わること、ない。ずっとこのまま。だったら、いずれまた、会える」
「詩人だねぇ」
二人は呟いた輩の行った方を無言で見つめる。
辺りには次々と大地へと降り立っていく同胞たちが見える。
その先には、大地の支配者然とした人間たちが蟻よりも蚤よりも小さく蠢いていた。




<あとがき>
どうも。2作目の投稿となります、じゅんです。
今回は、水蒸気さんたちのお話。
イメージとしては「もやしもん」。オリゼーさんたちを思い浮かべてくれればよいかとw
醸すわけではないですが、湿らしますw



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