安楽病棟 帚木蓬生

 序盤では、数人の高齢者がどのように認知症病棟に入っていくかが描かれ、中盤より新人看護師の視点から認知症高齢者のケアの場面あれこれが描かれ、終盤にさしかかると病棟の高齢者がどんどん死んでいきます。そして最後の章で、それが殺しだったことが発覚する。というのが大筋のストーリー。
 テーマは、終末医療ターミナルケアです。認知症の重い高齢者は死んだほうが楽なのではないか?という問題が投げかけられている作品です。

 さて、この作者はどうにも好かんのですが、作品的にいちおう感心する・・・というか凄いという部分があったので、仕方なく書きます。

 初版(ハードブック)は1999年。9年前に書かれた話だというのにターミナルケアという、介護業界で今見直されているケアが取り上げられている点。そして、それをちゃんと考えろ、と問題提議されている。筆者がこの問題について意識を持っていたからこそ、医療面から見たターミナルケアについてを事細かに描けたのだと思う。筆者が7年前からターミナルケアのいかんについて危惧していたのか、9年前からターミナルケアについての論争があったのかはわからないが、9年後でも通用する、もしくは鮮度を失わないテーマを扱ったというのは、凄いと思う。もっとも、医療、介護業界がその手の変革を行わなかったために、このテーマが鮮度を失わなかったという見方もできるが。

 次に、医療面での描写。さすがは医師。リアリティがある。
 だが、やはり医師。介護の描写がいまいち。
 9年前だから、現在と介護技術に対して開きがあるのかもしれないが、どうにも介護技術面での描写が甘すぎる。これが今の介護技術のレベルだと読者に思われては困る。どこがどうと細部を挙げればきりがないが、異食のある人の居室にポリデントに浸したコップはおかない。なぜなら、それを飲んでしまうから。作中でも飲んでしまっているが、そもそも普通の介護ならば、そんなところに置かない。飲む前に気づく。そして運動会でリレーなんて暴挙にも踏み出さない。作中では主任の許可で、とあるが、この主任はリスクへの考え方が甘い。高齢者を走らせる→転倒のリスクが上がる。作中でも頑張って走ってしまっている人がいるが、物語だから転倒しなかったのだと思う。実際、ありえない。医師の許可が出ない。さらに糖尿病のある人への薬を持たず外出に行ったのに、その先でご飯は食べない。これは、糖尿病の程度にもよるが、糖尿病なのに薬をもってきていない、と描写にあることから、カロリー制限と薬により血糖値を安定させているものだと考えられる。その場合、食後に血糖を下げる薬を飲まないと、血糖値が上がる。上がるとどうなるかは、やったことがないのでわからないが、介護的にはアウトである。

 さて、構成の話をしようと思う。
 どうにも閉鎖病棟と同じ仕様なので、筆者は同じ構成でしかものが書けないのではないかと疑いたくなる。
 まず入院する人の経緯を書く。そして入院してからの生活を書く。何かが起こる。手紙を読んで終り。
 さらに今回の安楽病棟では、入院する人の経緯が10名にも及ぶ。しかも名前の記述はない。そこから本編が始まる。読んでいくうちに、10名のうちだれっぽいというのがわかるのだが、多すぎて経緯が思い出せない。しかもそれを補足するように本編中でも入院の経緯で書かれていたのと同じことが書いてある。はっきりいってページの無駄である。だったら、本編中にまとめてかけといいたい。そもそも、入院する人の経緯を書くメリットは、読者に注意をひきつけるためだ。しかし、ひきつけられていない。5人目くらいで飽き飽きした。いい加減にしてほしい。
 そして何かが起こる。安楽病棟でも殺人であった。もっとも、殺す量が違うが。そして、また手紙。これもいい加減にしてほしい。同じネタを繰り返さないでほしい。
 この話、どうにもあらすじではミステリーらしいが、意味がわからない。謎なんてものは作中に投げかけられていないし、複線は医療的で専門的な事柄で注釈がないために読者は伏線だと受け取っていない。つまり複線の張り方も下手なうえ失敗している。なのに、最後の章に「お前が犯人だ!」と主人公は声高に叫んだ手紙を殺人犯に送っている。私は「え!?」驚愕した。あまりのご都合主義具合に。

 ついでにいえば、この病院の看護師、医師のいい人具合にもうんざりする。
 主人公なんて、まるで聖人である。自分がケアをして、相手にも自分がケアされている?実際にケアしたことのない人間のたわごととしか思えない。認知症を患っても、助け合い、わかりあい、感謝は忘れない? 言葉では表さないが、行動で出る? 意味がわからない。患者同士でけなし合うし、虐めもするし、わかろうともしないし、助け合おうともしないし、感謝もしようともしない。そんな患者なんてゴロゴロいる。助け合い、わかり合い、感謝する患者もいないとはいわない。しかし、すべてとも言わない。言い切っているこの著者はおかしい。それとも、9年前は、そんな患者はいなかったのだろうか?

 つまるところ。
 ターミナルケアをもっとしっかり考えろよお前ら! という問題提議以外に特筆すべき点は何もない。むしろ、執筆技術的にはお粗末極まりない。
 もっとも、期待していなかったけど